開成ノーベル学会 2018:ガロワ理論への入門とその展望


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原稿

はじめに

エヴァリスト・ガロワ(Évariste Galois, 1811–1832)はフランスの数学者・革命家です。ガロワは 17 歳の若さで素数次方程式を代数的に解く方法を発見し論文にまとめたものの、フランス学士院に提出する際にコーシーが紛失してしまい、さらに再提出する際にはフーリエが急死したためまたもや紛失されてしまいました。このころ保守的な勢力が大半を占めていた教会の司祭らが、自由主義的な思想だったガロワの父ニコラに目をつけ誹謗中傷の限りを尽くしたことで自殺してしまいます。こうして絶望の淵に立ったガロワは反政府主義活動に耽るようになり投獄されてしまいます。ちょうどそのときに 2 回もの論文の紛失に同情したポアソンが再提出を求めますが説明不十分だとして論文の添削をするように言われてしまいます。脱獄した後には女性との色恋沙汰によって決闘を申し込まれることになります。決闘の前日、同じ反政府主義者のシュヴァリエに次のような手紙と数学的なメモを書き残しました。

Tu sais, mon cher Auguste, que ces sujets ne sont pas les seuls que j’ai explorés……Mais je n’ai pas le temps, et mes idées ne sont pas encore bien développées sur ce terrain, qui est immense.
親愛なるオギュスト君。僕の研究したものがこのメモだけに留まらないことを君ならばよく知ってくれているだろう。……だが僕にはもう時間がない。それに僕の発想はまだこの限りなき(数学という)領域で通用するほど実り多きものにはなっていない。

決闘当日、ガロワは負傷し放置されてしまいます。病院へと送られ弟に述べた最期の言葉は

Ne pleure pas, j’ai besoin de tout mon courage pour mourir à vingt ans!
嘆かないでくれ。二十歳で死ぬのには、ありったけの勇気が要るのだから!

でした。わずか 20 歳の命でした。

これから見ていくように、ガロワはたった 20 年で驚くべき量の業績を挙げていることがわかります。しかしながら、むしろここではガロワの夢が後世の数学者にどう影響を与えてきたのかというところに視点を向けることにしましょう。きっとそこには数学という数千年の歴史をもつ偉大なる学問の片鱗を窺い知ることができるのではないでしょうか。

なお、義務教育課程の数学は断りなく用いることにしました。したがって対象読者は数学に興味のある中学生以上の方と、意欲的な小学生ということになります。

方程式

方程式とは

ガロワ理論は当初方程式論から現れたものでした。以下、単に方程式といえば 1 変数の実数係数多項式 $f(x)$ による式 $f(x)=0$ のことを指します。

対称性

ここでガロワ理論における非常に重要なキーワード:対称性を紹介することにします。小学校の算数でも「線対称」「点対称」という用語を習いますが、実は「線について折り返すという操作を行っても変化しない」「点について $180$ 度回転という操作を行っても変化しない」ということに言い換えられるはずです。これに着目すると対称性とは次のように定義できるはずです。

たとえば正三角形 $\triangle{ABC}$ を考えてみましょう。「時計回りに $120$ 度回転させる」操作を $\sigma$ と、「頂点を通る垂線に対して反転させる」操作を $\tau$ と、「何もしない」という操作を $e$ とおきます。すると当然ながら $\sigma$ を $3$ 回行うと元に戻ります。これを $\sigma^3=e$ と書くことにしましょう。同様に $\tau^2=e$ です。すなわち、正三角形に考えられる状態は $\set{e,\sigma,\sigma^2,\tau,\tau\sigma,\tau\sigma^2}$ であることがわかります。また、任意の状態にある状態を合わせると$e$に戻ります。

たとえば $\tau\sigma$ を $e$ にするためには $\tau^2=e$, $\sigma^3=e$ を用いて $\tau\sigma^2$ をすればよいです。

このような対称性を扱うために、そのような対称性がある集合を考え、これを研究することで対称性の本質に迫ることにしましょう。

実はラグランジュやガウス、ルフィニ、アーベルなどのガロワ以前の数学者がすでに「方程式と対称性は密接な関係がある」ことに気づいており、特にアーベルはうっすらとですが群のアイデアを発明していました。このことを念頭におきつつ、$2$ 次方程式という簡単なトピックを基に少し方程式と対称性の関係を探っていくことにしましょう。

$2$ 次方程式

$x^2+bx+c=0$ の解を $\alpha$, $\beta$ とおくと、係数 $b$, $c$ はともに $\alpha$, $\beta$ から定まり、また \begin{align} x^2+bx+c&=(x-\alpha)(x-\beta)\notag\\ &=x-(\alpha+\beta)+\alpha\beta\notag\\ &=0\notag \end{align} が成り立つことから係数部分を比較して $$\left\lbrace\begin{aligned} b(\alpha,\beta)&=-(\alpha+\beta)\\ c(\alpha,\beta)&=\alpha\beta \end{aligned}\right.$$ を得ます。ここでよく見てみると「$\alpha$ の値と $\beta$ の値を交換しても値は変化しない」ことがわかります。つまり「方程式の係数は解の入れ換えについて対称性を持っている」ということです。しかしながら、解 $\alpha$, $\beta$ は「何もしない」という変換でしか対称性を持っていません。

ここで少し考えてみると次の性質に気づくはずです。

  • 解の入れ換えについての対称性は、四則演算をおこなっても崩れない(崩せない)
  • ある対称性を持っている数の全体は四則演算について閉じている(体をなす)

四則演算について閉じていることは明らかですから省略しました。 (field) とはおおざっぱにいえば四則演算が不自由なくできるような数の集まりです。たとえば有理数や実数などです。すると、次のような視点が自然に考えられるはずです:

  • 数の集まりがあれば、それらの数全てが共通に持っている対称性の集まり(群)が考えられる
  • 対称性(操作)の集まりがあれば、その全てについて対称であるような数の集まり(体)が考えられる

という視点が自然なものに思えるはずです。このことを念頭においておきましょう。

さて、話を $2$ 次方程式に戻しましょう。解 $\alpha$, $\beta$ は当然入れ替えに対して対称性を持たないのに係数は対称性を持ち、そして四則演算はこの対称性を保存するということも簡単に確認できました。すると、係数から解を創り出すためには

「対称性を壊す武器」
が必要なことに気づきます。

ここで前述の解と係数の関係より $$(\alpha-\beta)^2=b^2-4c$$ となりますが、この両辺のルートをとって $$\alpha-\beta=\pm\sqrt{b^2-4c}$$ を得ます。このとき $$\alpha=\frac{\alpha+\beta}{2}+\frac{\alpha-\beta}{2}$$ は恒等的に成り立つので代入すると $$\alpha=\frac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2}$$ を得ます。$\beta$ も簡単に出ます。

少し観察してみると $\alpha-\beta$ は入れ換えについて対称ではありません。このときに導入された道具が「ルートを取る」ということでした。すなわち、ルートを取ることで対称性を壊しているのです。

$3$ 次方程式

$x^3+bx^2+cx+d=0$ を解いてみましょう。

ここでまず「入れ換え」といっても、解が 3 つあるおかげで色々な方法があることが予想できます。でも入れ換えには「対称性」がありそうですから、対称性に実体を与えるための構造である「群」で捉えることにしてみましょう。というと難しく聞こえるかもしれませんが、根本的には正三角形の例と全く同じであることがすぐわかると思います。見てみましょう。

まず小学生レベルの考察を行います。対象を $(\alpha\ \beta\ \gamma)$ とおきましょう。これを並び替える方法は当然6通りで、列挙すれば $(\alpha\ \beta\ \gamma)$, $(\alpha\ \gamma\ \beta)$, $(\beta\ \alpha\ \gamma)$, $(\beta\ \gamma\ \alpha)$, $(\gamma\ \alpha\ \beta)$, $(\gamma\ \beta\ \alpha)$ です。 \begin{align} e(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\alpha\ \beta\ \gamma)\notag\\ \tau(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\alpha\ \gamma\ \beta)\notag\\ \sigma(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\beta\ \gamma\ \alpha)\notag \end{align} という操作を考えると、どうやら \begin{align} e(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\alpha\ \beta\ \gamma)\notag\\ \tau(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\alpha\ \gamma\ \beta)\notag\\ \sigma(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\beta\ \gamma\ \alpha)\notag\\ \tau\sigma(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\beta\ \alpha\ \gamma)\notag\\ \sigma^2(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\gamma\ \alpha\ \beta)\notag\\ \tau\sigma^2(\alpha\ \beta\ \gamma)&=(\gamma\ \beta\ \alpha)\notag \end{align} となりそうなので、まさに正三角形と同様、${e,\sigma,\sigma^2,\tau,\tau\sigma,\tau\sigma^2}$になることがわかります。したがって正三角形のときの考察と同様に群になります。これが対称性を扱うことのできる群の強みです。ちなみにこのような構造はあみだくじにも見られます。

一応厳密な定義も書いておきましょう。

ここまで書いたものの、$3$ 次方程式の解き方は非常に煩雑なだけなので省略することにします。もし興味があれば適宜文献を参照してください。

ガロア理論の基本定理

なぜ $3$ 次方程式の場合を省略したかというと、“キモチ” を説明すれば十分だからです。まず我々が行いたいのはある数 $\theta$ が $+$, $-$, $\times$, $\div$, $\sqrt{\quad}$ で書けるかということです。ここで $\mathbb{Q}$ は有理数体1で、それに「ルート」という対称性を崩す道具を持ってくるとき $\mathbb{Q}({}^{\bullet}\sqrt{\quad})$ と書くことにします。すると、方程式の解は「全く動かさない」という置き換えによって対称でした。また係数の四則演算でかける数というのは、たとえば $3$ 次方程式の場合は $3$ 次の対称群 $\mathfrak{S} _ 3$ に対して対称でした。したがって、「対称性を崩していくときに、それに対して対称な置き換え(群)を考えてやればよいのではないか」と考えることができます。それを適宜考えてやったのが次の系列です。 $$\begin{matrix} \mathbb{Q}(\theta)&\rightarrow&{e}\\ \uparrow&&\downarrow\\ \vdots&&\vdots\\ \uparrow&&\downarrow\\ \mathbb{Q}({}^{\bullet}\sqrt{\quad})&\rightarrow&G_2\\ \uparrow&&\downarrow\\ \mathbb{Q}({}^{\bullet}\sqrt{\quad})&\rightarrow&G_1\\ \uparrow&&\downarrow\\ \mathbb{Q}&\rightarrow&G\\ \ \\ \mathrm{\fbox{体}}&\rightarrow&\mathrm{\fbox{群}} \end{matrix}$$ 実はこの左の「体の塔」と「群の塔」の各階が対応関係にあることより、「$\theta$ が $+$, $-$, $\times$, $\div$, $\sqrt{\quad}$ で書けるか」ということを「$G$ がある種の性質を満たしているか」という問題に言い換えることができます2。そして実を言うと、残念ながら $G=\mathfrak{S}_5$ の場合、その性質を満たさないことがわかります。これは群論の地道な結果によるものなのであまり触れませんが、これによって「$5$ 次方程式の一般の解は四則演算と根号を用いては書けない3」ということがわかります。

発展的な話題

上で非常にテキトーに述べてしまったものはガロワ理論の基本定理というもので、簡潔にいえば「ベキ根という道具をつけていく様子がそれに対応する群によって統制される」ということでした。しかしながら、後世の数学者がある程度整理したおかげで、ベキ根拡大だけではなくガロワ拡大というものにまで適用範囲を広げることができました。すなわち、体 $K$ を有限次元ガロワ拡大して$L$になった際、そこまでの中間にある体を、そのガロア群と呼ばれる群 $\operatorname{Gal}(L/K)$ の部分群によって統制する分類理論だということができるわけです。

しかしながら 1960 年代のアレキサンダー・グロタンディークの画期的な仕事により, 体上の有限エタール代数というものをその絶対ガロワ群によって統制することに成功しました。この理論を絶対ガロワ理論といい、これ以降ガロワ理論の最終目標は体上有限な代数の分類理論であると認識されるようになったわけです。

ここで $K$ を含む代数閉体 $\Omega$ を一つとり固定します。このとき $F_{\Omega}(A)=\operatorname{Hom} _ {K}^{\text{al}}{(A,\Omega)}$ は有限集合であり、これは有限集合の圏 $\mathsf{Set}^{\mathsf{fin.}}$ になります。さらに絶対ガロワ群を連続的に作用させて $\operatorname{Gal}(K^{\mathsf{sep}}/K)\text{\textendash}\mathsf{Set}^{\mathsf{fin.}} _ {\mathsf{conti.}}$ にすると $F_{\Omega}(A)$ は(反変)圏同値を与えます。

グロタンディークはやはり抜かりなく、このような profinite 群が作用する有限集合の全体のなすファイバー関手付きの圏をガロワ圏として公理的に特徴づけることに成功しています。

また、絶対ガロワ群も非常に重要な研究対象であることを述べておきましょう。特に有理数体の絶対ガロワ群などはそれ自身が研究価値を有していて、現代の整数論の多くがこれに関係を持っていると言っても過言ではありません。さらに、有限次拡大 $K/\mathbf{Q}$ と $K^\prime/\mathbf{Q}$ に対し、絶対ガロワ群が位相群として同型であることと、体として同型であることが同値であることが知られています(ノイキルヒ-内田の定理 (1976))。これは遠アーベル幾何の現象の一種であるとされています。

また、絶対ガロワ群の情報を $GL(n,V)$ のような線形群に埋め込むことができ、これをガロワ表現といいます。これについても数論幾何において重要な役割を果たすらしいですが、筆者の不勉強さゆえにこれ以上の解説を行うことはできません。

ついでにいくつかの注記を。ガロワ理論は非常に実りある理論だったため、これを微分体の理論に応用する微分ガロワ理論というものも存在します。これによってたとえば「初等関数で不定積分できないもの」などを考えることができます。また、普通のガロワ理論をさらにパワーアップして被覆空間というものに適用することにも成功しています。


  1. 有理数の全体は体を成すのでこう言って良い。簡単に確認できる。 ↩︎

  2. ここまでの説明はすごいおおざっぱです。 ↩︎

  3. 注意:「$5$ 次方程式が解けない」は嘘です。$x^5=0$ が反例です。また「$5$ 次方程式に解の公式はない」も嘘です。これは楕円関数などを用いて書くことができます。 ↩︎